エッセイ(2003年11月3日)
Nao-sanのひとりごと




毎日のように信じられないような事件が報じられ、簡単に人の命が失われて行く。わずかなお金のために、肉親同士の憎しみのために。事件の動機やきっかけを聞く度、現代の生活があまりにも自然と切り離されてしまったのが原因ではないかと思う。私が60年以上暮らした都会での生活は今思うとあまりにも人工的過ぎる。こうして離れてみて初めて気が付くことばかりだけれど、季節を知るのはわずかな街路樹と小さな公園の木だけ。あとは街のショーウインドの飾り付けやイルミネーションという商売がらみの人工季節感。町で遊ぶ姿もなくなった子どもたちはテレビゲームか携帯メールに時間を費やし、学校と塾の往復では小さな小さな世界しか知らずに育つ。親が意識していろいろな所へ連れ出したり、自然と触れ合う機会を作ってやらなかったら経験の乏しい、小さな心の人間にしか育たないのではないだろうか。いや、すでに親の世代がそれを知らずに育って来ているから気付かないのかも知れない。親も世間体ばかり気にする小さな世界に閉じこもっていないで、どんどん子どもと一緒に自然と触れ合って世界を広げて行ってほしいと思う。

学歴社会が崩れ、大企業に就職したってあっさりリストラされる世の中なのに、いまだにお受験とやらにうつつをぬかし、大切な心を養う時期を塾通いに費やし、その費用を稼ぐために親は子どもと触れ合う時間を犠牲にしている。こんな生活しか知らなかったら子どもたちは渋谷に行くことしか楽しいことがなくなってしまうのではないだろうか。大きな袋を抱えて友達の家を泊まり歩き、お金がなくなればパンツを売るか援交をする子どもたちが哀れでならない。世の中にはもっともっと楽しいことがあるのに、誰もあなた達にそれを教えてくれなかったのか、学校へ行って良い成績さえ取ればいいだけの価値観の中でしか生きて来なかったからなのか分からないけど、先ずは身近な大人がイキイキと輝いて生きて見せなきゃ、お説教だけじゃ心に響かないよ。

その成績抜群、模範的な優等生が最近ではリストカットをしたり親殺しを企てたり、とんでもない事件を起こしたりして世の中に警告を発してくれている。教育熱心と評判の教師が教え子への強姦未遂で逮捕されたり、他にも有名大学の学生やら優秀な店長や医者とか教授とか言われる人々の破廉恥な事件が続くのは、そんな外側のものや学校での成績が人間としての品性や資質とは全く関係がないことを人々に教えてくれているのだ。それなのにまだ世間では学歴や職業や社会的地位で人をあっさりと信用したり尊敬したりする傾向が根強い。昔は確かにある程度それと中身が一致していたかもしれないが、今の時代は全く違う。そろそろ外側ばかり作ったり、それだけに重点を置く古い価値観を捨てて、子どもたちが本来の自分を生きて魂を輝かせることの出来る人間に育つように、今子育て中のおとうさんやおかあさんにはお願いしたい。