エッセイ(2007年7月)
Nao-sanのひとりごと

  

フィンドホーンへのツアーやトランスフォーメーションゲームなどで若い女性とよくお会いするのだが、最近気になるのは声がか細くいかにも自信のなさそうな方がとても多いということ。容貌もスタイルも美しく、大学も出ていて劣等感など少しもなさそうな人がどこか頼りなさそうで不安をかかえて生きている。
話を聞いてみると比較的親に従順で「良い子」をやって来た人が多いようだ。自分のしたいことというより親に心配をかけないようにすることを優先し、自分の意志より親の希望に沿って生きて来ると、自分がしたいことが何なのか、何をしている時が楽しいのかさえ分からなくなってしまっている人が多い。これでは自信が持てなくても当然だ。
親にしてみればこんなにラクなことはなく、反抗もせず言うことを聞いてくれる子どもは可愛くて仕方がないに違いない。端から見れば仲の良い親子と羨ましがられ家庭内に揉め事のない理想的な家族と思われがちなので、そこに実は大きな問題が潜んでいることに気がつかない。

自分の本当の思いは内に押し込めてずっと親の「良い子」という役割を演じ続け自分ではなく親を喜ばせることを第一にして来た人がある日突然「本当の自分」との乖離に気づいた時何が起きるだろう。封じ込めていた感情が爆発して突然暴力的になったり、摂食障害や自傷行為に走ったり、アルコールや薬物などの依存症になったりする例を私も沢山見聞きしている。

働いていてもその収入で暮らすわけではなく親と同居しているいわゆるパラサイト(寄生虫)シングルという男女が今とても多いようだが、これは親にとっても都合がいいに違いない。昔は年頃になっても結婚しないでいるとまわりがうるさかったものだが、今は晩婚が普通になり結婚しない人たちが増えているので30代40代になって親と一緒に暮らしていてもうるさく言う人はいなくなった。しかし、親はだんだん年をとって行くからやがては介護の問題が控えている。今度は親が子どもを頼る番だ。

親にとって自分が倒れた時それまで面倒を見て来た独身の子どもがそばにいてくれるのは実に心強い。子どものほうもそんな親を見捨てることは出来ないからそのまま家を出る機会を逸してしまうのだ。

親離れ子離れのタイミングをはずすと双方が自立の機会を失い、生涯「共依存」関係で生きて行かなければならなくなる。そうならないためには子どもは出来るだけ親が若いうちに家を出て自立したほうがいい。経済的には苦しくても「自分の力で生きている」という実感が喜びとなり、人を強くし、ひいては生きて行く自信をつけさせてくれるからだ。
親のほうも子どもを頼らず生きて行く術を身につけるから年をとっても自分の足で自分の人生を生きる喜びを味わうことが出来る。親子は離れて暮し、時々訪ね合いメールや電話でコミュニケーションを取るくらいの関係がいちばんいい、と私は自分の経験から確信している。一人なら何でもこなしてしまう私が、そばに息子や娘がいるとつい頼ってしまうからヤバイ、ヤバイ。いつまでも元気で若くいるためには頼る存在がそばにいないほうがいいのだ。代わりにご近所とのお付き合いを大事にしておけばいい。

子どもが離れて行くのは親として一抹の寂しさがあるのは否めないが、それを無言の圧力にしてはいけない。それは無意識に子どもに罪悪感を抱かせ、自立を阻む親のエゴにほかならないからだ。子どもたちは親が元気なうちに実家を離れ、自分の生活を確立すること。そして本当に自分のしたいことを見つけてそれに情熱を燃やしイキイキと幸せに生きること。それこそが本当の親孝行なのだから。

親は親で夫婦が健在なら仲良く暮らすこと。片方が亡くなっても一人で楽しく暮らす術を身につけること。友達を沢山作ること。そして健康に気を配り、やはり毎日をイキイキと楽しく暮らすこと。それこそが子どもへの孝行だと信じている。