エッセイ(2008年3月)

   
 

以前「畑の天使からのメッセージ」として「自分で自分と思っている自分は本当の自分ではありません」という言葉を受け取っているのだが、その意味がなんとなくわかっているようでもうまく言葉で表現できないでいた。それがだんだん頭の中ではっきりとした言葉になってきたのはそれからだいぶ経ってからのことだった。

  人間の「意識」は自分で認識できる顕在意識と、認識できない潜在意識とに分けられ、普段「自分」だと思っているのはその表面的な顕在意識でとらえたものにしか過ぎず、「本当の自分」は潜在意識の中に埋もれているのだ。わかりやすく言えば、おまんじゅうの薄い皮の部分がエゴとか自我とか言われる「自分」で、あんこの部分が「本当の自分」。仏教ではそれを「低我」と「真我」と表現している。

この本当の自分のことを最近ではハイヤーセルフ、高次元の自己、大いなる自己、たましいなどと表現しているが、要するに誰の中にもある「良心」と呼ばれるものと解釈してもいいかもしれない。純粋で愛に満ちた神聖な部分だ。そこは神の領域だと言う人もいる。全ての人間の中に存在する「本当の自分」を発見したら、エゴや我欲は影をひそめる。毎日がわけもなく喜びにあふれ、感謝の気持でいっぱいになる。

しかし大方の人はその存在に気がつかず、表面的な自我の部分が自分の全てだと思っている。そこの自己中心的な欲望にふりまわされ感情に支配されている間は悩みや不安や苦しみから
解放されない。とは言えエゴや自我はこの世を生きて行く上での舵取りをするものだから必要不可欠。ただそれは「表面的な自分」であることを認識して上手にコントロールすればいいのだ。

誰の中にも、たとえ悪人と言われる人間の中にも必ず存在している「本当の自分」を見つけ、つながり、一体になる方法としては瞑想がおすすめだが、それは何も目を閉じてじっと座ることだけではない。散歩もジョギングも畑仕事も庭掃除も、ガラス磨きも車の運転も、無心に野菜を刻んでいる時も、身体を使う単純作業をしている時ほど簡単に瞑想状態になることができる。アタマを眠らせ何も考えず「無」の状態になった時、「本当の自分」からの声が聞こえるはずだ。
それを「気のせい」などと払いのけず、じっくりと耳を傾けた時から確実にあなたの人生は変わりはじめるだろう。