俗に「地雷を踏む」という言い方がある。わざと地雷を踏む人がいないように、何気なく、あるいはうっかり言った言葉が突然人の心の中の地雷に触れて爆発させてしまうことを言う。

 世の中には何発もの地雷をかかえている人がいるもので、それをうっかり踏んでしまって大怪我をすることがある。

私など小さなねずみ花火ほどのものが一つ二つある程度。だから、たまに心の中でパチっとはじけることはあっても、それが外へ飛び散るようなことはほとんどない。
 

心の中の地雷の代表的なものは被害者意識、劣等感、プライド, 嫉妬心。これらはいわば地雷4兄弟だ。そしてこの兄弟はどうやら同じ親から生まれているらしい。その親とは、自信のなさだ。つまりは自分が嫌いで自分を信じられない人ほど地雷の数は多いように思える。そしてそういう人に限って自分が地雷をかかえていることには気付かず、それを踏んだ人を責め怒りをぶつける。
自分はは決して悪くはなく全ては人のせいなのだ。だからいつも不平不満が多くあまり幸福感を感じることができない。

 本物の地雷が信管を抜いてしまえば爆発しなくなるように、心の中の地雷の信管も抜いてしまえばいい。ただしその作業は誰にも頼らず自分一人でするしかないのだ。孤独な作業だけれどカンボジアでのNGOのように手伝ってくれそうなものはいろいろとある。

 各種のセラピー、エネルギーワーク、カウンセリング、フラワーエッセンス、キネシオロジーなどなど。それらの助けを借りてでも、目を内側に向けて地雷除去をして行くときっと人生が明るくなり楽しくなる。自分も人も信頼できるようになって生きるのがラクになるはずだ。

 もし自分が傷つきやすい人間だと思ったら、人を恨む前にそこに何があるのか、何が反応するのか探ってみるといい。同じことを言っても傷つかない人もいれば、すぐ傷ついて落ち込んだり、傷つけた人を恨んだりする人がいる。その違いはなんだろう。

 地雷除去がうまく行っている人と行っていない人の違いではないだろうか。

 同じ人生を生きるなら、いつも物事をポジティブにとらえ、よい方向に解釈して傷つきにくい自分になろう。しかし明らかに相手が悪意をもって銃口を向けて来た時は毅然として怒りを表現する自分でもありたいと思う。

場合によっては無視して「三十六計逃げるにしかず」というのもアリだとは思うけれど。