NHK朝の連続ドラマ2008年前半は月島を舞台にした「瞳」。
この中である日、孫の瞳に肩をもんでもらいながら西田敏行じいさんがしみじみと言ったセリフが妙に心に残っている。

「仕事ってもんはなあ、だんだん好きになるものなんだよ。俺もさ、親父から店を継いだ時思ったよ。洋品店なんて地味でいやだなあって。でもさ、渋々でもやって行くうちに、月島のみんなの洋服ダンスは俺が預かってるんだって思うようになったら商売が面白くなってさ、いつの間にかこの仕事が好きになったんだよ」

私も若い頃からいくつもの、それも種類の違う仕事をいろいろとして来た。机に座りっぱなしの仕事もあれば外を飛び歩く仕事もあり、タイプやワープロを使う仕事、黒板の前に立つ仕事、お店での接客などほとんどが生活のためだったけれど、どの仕事も無意識に自分の得意分野や無理せず出来る仕事を選んでいたように思える。

勿論うまく行かなかったり、人とのトラブルがあったり、辛いこといやなことも沢山あったけれど、どの仕事にも自分なりの創意工夫を生かして来たと思う。

上司の命令があり、決ったマニュアルがあり、自由に出来ない部分が多い中でも工夫次第でわずかでもその仕事を楽しく効率よく出来る余地は必ずあるはずだ。そうするとその仕事が面白くなりだんだん好きになって行く。

自分の工夫がうまく行ったり人に喜ばれたり、売り上げにつながったりするのはほんとうに嬉しいものだ。特に料理の場合などすべてに創造性を生かすことが出来る。何かが足りなくなった時とっさにそれに代るものを考えるのも創意工夫だ。それが的を射た時の喜びは何ものにも替えがたい。

「自分に合った仕事に出会えない」「自分の能力を生かしてもらえない」「職場の人間関係が最悪」「上司がいやなヤツだ」「仕事がつまらなくて飽きた」などとすぐ辞めてしまったり職を転々とする人が多いが、すぐ辞められるのは生活費を出してくれる人がいるからに違いない。
自立して生きて行くことを決心したらそんな贅沢は言っていられないはず。
自分をよく分かっていなかったり、単なる憧れや見た目だけで仕事を選んだら違和感を感じても当然だ。少しでも自分に向いた分野を選んだなら、その中でただ言われた通りに働くのではなく自分なりの創造性を生かして、その仕事が好きになるようやってみることだ。
それにはある程度の時間が必ずかかる。しかし何かを乗り越えた時きっと何らかのものを得られるはずだ。これはあっさり辞めてしまっては得られない。

あまりにも自分のポリシーと違う方針だったら、それが見抜けなかった自分の至らなさを反省して辞めるのも一法かもしれないが、積極的に職場の意識を変えて行くことだって出来なくはない。それも工夫次第。出来るだけのことはやってみよう。

しかし好きになった仕事でもある程度年数が経って情熱を感じられなくなったら、そこにそそぐ「愛」が薄くなるから、その時こそが辞める時かもしれない。「気」が入らないまま惰性で続けていたら人も自分も喜ばせることは出来ないから。

今の世の中偽装だの偽造だのごまかし、ウソ、手抜き、インチキなどが横行し、「愛」のない仕事が多すぎる。金儲け主義にとりつかれ、自分の仕事、職業に対する誇りも愛もなくなっている。そしてそれを恥とも思わない心の堕落した経営者が次々明るみに引き出され、更に責任を末端の者になすりつけるという恥の上塗りをしている。
無名でもいい、あまり儲からなくてもいい。常に自分が仕事に「愛」を注いでいるかだけをチェックしていよう。