エッセイ(2008年1月)

   
 

いつだったかこの言葉がふっと湧き上がって、それ以来離れなくなってしまった。「真理を掴む」。
真理ってなんだろう?真実と似ているけれど私の中ではちょっと違う。真実とは本当のこと。
ウソの対極にある相対的なもの。でも真理とは対比するものがない絶対的なもの、
というのが私の中での定義だ。

時代が変わっても国や場所が違っても文化や民族が違っても変わらないもの、これまでもこれからも未来永劫変らない真理。それを「信じる」ことを信仰というのかもしれないが、信じるというのが何やらあいまいでハッキリしない。やはり「掴む」という言葉がいちばん私にはピッタリ来る。
アタマで信じるのではなく、もっと具体的に手でガッチリと掴む感覚。
揺るぎのない信念となって自分の考えや行動の基本となるもの。迷いがないもの。

それでは何が「真理」なのか?
今確実に私の中で形となり、生きているもの。それはうまく言葉で表現出来ない。言葉にするとあまりにも月並みで平凡で、何か違うものになってしまう気がするけれど、あえて言うなら「宇宙の法則」「大自然の摂理」。

少なくともこの地球が存在している限り変わることのない真理。それを掴んだと確信した時から人生がどんどん変わり始めた。物事が全てスムーズに行く。望んだことは「時」さえ来れば必ず実現する。必要な時に必要なだけのお金、情報、モノが与えられる。マイナスと思えたことが必ずプラスに転じる。恐れや不安が消えて毎日が安心感と幸福感で満たされる。過去への後悔も未来への心配もなくなり、今この瞬間をを生きられるようになる。

いつの間にか「落ち込む」ということがなくなってしまった。何か失敗しても、思うようにならないことがあっても、後悔したりくよくよしたりしなくなってしまった。
風船を水に沈めようとして押し込んでも沈まないですぐ浮かび上がって来るように、気分が沈むということがなくなってしまったのだ。
以前は落ち込み始めると底の底まで沈まないと浮かび上がれず、その何日間かはそれはそれは辛かったものだ。それがどうしてこんなに変わってしまったのだろう。

 

それは自分の中にドーンと根を生やしたようなものが生まれてからだ。
誰が何を言おうと、人がどう思おうとビクともしない信念。何を聞かれても、突っ込まれても全てそこから答えが返って来る。頭で考える必要もなく即座に答えが返って来る。だから何も怖くない。それは心の手がしっかりと「真理」を掴んだからなのだ。