新型車両に移った人たちには共通した特徴がある。
 
旧式車両に留まっている人たちにくらべて何かを「受け入れる」ことがたやすくなっているので心の容量がどんどん大きくなり、とめどもなく広がってゆく。
年齢や職業や社会的地位や国籍などによる区別に関心がないので、誰とでも心を開いて付き合えるから差別も偏見もなく、そうしたものが原因となる無意味な劣等感や優越感という余分な感情が起きて来ない。
 
もちろんいちばん大事な「自分自身を受け入れる」ことはとうに出来ているので、よけいな罪悪感や自己嫌悪感で自分のたましいを傷つけることはない。
「自分は幸福になっていいのだ」という許可を自分に出しているから、人の幸福も妬んだりせず、心から喜んであげられる。
そして人を許すことも旧式車両にいた頃よりはずっと簡単にできるようになっているからいつも心が軽く自由だ。
 
自然の驚異に対して謙虚に畏怖の念をいだき、人工的なものにはだんだん興味を失って人智を超えた宇宙の法則や真理と調和した生活が心地よくなっている。
動植物や鉱物でさえも意識を持った同じ地球上に生きる仲間として考えられるようになり、「エコロジー」などと声高に言われなくても自然に地球への愛を感じ、すべての命をリスペクトしている。
 
旧式車両にいた頃を思い出すと、あの硬い座席が最高のものと思い、他の乗客といつも自分を比較していたことに気がつく。
自分がどう評価されるかが気になってホンネを出せず、いつも表面をとりつくろうことに神経を使い、変化することや何かを失うことに恐怖を感じて決して自分の席から立とうとしなかった。
気がつくと常に不安と心配を糧に生きていたからエネルギーは失われる一方で、いつも身体のどこかが不調だった。
エネルギーを充填するのにいちばん有効な「喜び」「愛」「感謝」の感情が日常の中であまり感じられなかったのだからそれも当然だ。
 
ところが思い切って新型車両に移ってからはいつの間にか身体は健康になり年齢を気にしなくなったせいか見た目もすっかり若返ってしまった。
身体中にイキイキとした生気がみなぎっているので疲れることもなく、毎日が楽しくてならない。
車窓の景色がどんどん変わって行くのも楽しみで、今は死ぬことすらも好奇心の的となって怖くなくなってしまっている。
 
誰にも平等に、いつかは必ずやって来る人生の終着駅。
そこまでの旅路をどんな車両に乗り、どんな景色を眺めながら旅をすることにしようか・・・・