1989年9月生まれの雌。ヨークシャーテリアとマルチーズのミックス。人間なら誰でも大好き。でも幼児と自分より大きい犬は苦手。

 


1989年当時私は鎌倉にほど近い横浜市栄区に住んでいました。近くにイトーヨーカドーという大きなスーパーがあり、そこの前の広場に時々ペットショップが店を出していましたが、特に動物好きでもない私はあまり興味もなくいつも素通りしていました。

ところがある日、なぜかその日に限ってケージの中の子犬たちに目が行ったのです。しばらくその愛らしい様子を眺めながら、今なら犬を飼えることに気がつきました。なぜならそれまではずっとペットは禁止の団地やマンション暮しだったのに、1年前からは母の持ち家に住むようになっていたからです。

子犬たちには5万円とか7万円という値段がついていました。今なら飼えるけれどこんな高いお金を出して散歩など何だの面倒なことを背負い込むのはちょっと・・・・でも、もし捨犬や迷い犬を見かけたり誰かがくれると言ったら飼ってもいいかな・・・・などとしきりに考えながらバスに乗り、当時教師をしていた原宿の日本語学校へ向かいました。

そして教室に入った途端、フィリピン人の女生徒ウエラとコーキーが近付いて来ていきなりこう言ったのです。「先生、犬もらって」

びっくりしました。私の心はもうすっかり準備が出来ていたのです。即座に「いいわよ」と答えていました。彼女たちは6畳一間のアパートで一緒に暮らしているのですが、生まれて2ヶ月の子犬があまりにも可愛いのでもらって来て飼い始めたところ、大家さんに怒られてしまったとのこと。以前遊びに行った私の家なら飼ってもらえると思ったと言うのです。


こうしてその数日後ウイッキーは我が家へやって来ました。ウエラとコーキーが二人の名前をとって名付けていたので、そのままの名前で呼ぶことにしました。一人暮らしの私にとって新しい家族が増え、生まれて初めて犬を飼うことになったのです。


この出来事のほんの少し前、ある雑誌で今は亡き作家の遠藤周作氏と心理学者の河合隼雄氏の対談を読み、その中で初めて「共時性」という言葉を目にしました。見えない世界と現実の世界はシンクロしていることを知って新鮮な驚きを覚えたのですが、ウイッキーとの出会いがまさにそれを証明してくれたのです。


それから7年後私とウイッキーは北軽井沢の別荘地に建てた新しい家に引っ越しました。外が大好きなウイッキーは毎朝テラスの端に座ってじーっと庭を眺めていました。3時間動かないこともあり、近所の人から「瞑想犬」などと言われたりしたものです。


私はそこで喫茶店をオープンしたのですが、人間大好きなウイッキーは本領発揮。入り口に座り込んではお客様をお迎えし、店内でもお相手をしては間を持たせてくれます。家の中にいても車の音がすると飛び出して行って短い尻尾を懸命に振って愛嬌を振りまくので皆さんから可愛がられています。時には近くの別荘に遊びに行ってちゃっかりごはんをご馳走になりそのままそこの方を店まで案内して来たり、隣りの別荘の方が可愛がって下さるとその晩はそこへ泊まって来てしまったり、エピソードには事欠きません。


うちにはいろいろな方が遊びに来たり泊まって行ったりしますが、みんなウイッキーの「生き方」を見ては悟って帰って行きます。「ウイッキーみたいに生きればいいんだよねエ」と言って。

ウイッキーは全ての人が自分を愛してくれていると信じていて誰でも受け入れますが、いやなことにはハッキリNOを表明し、我慢しません。
好きなことだけして、強制されるとウーッとうなって拒否します。喜びは身体中で表現し、全てを天に(というか飼い主に?)委ねています。

その存在そのものが人を和ませ、癒すことが出来るなんて、なまなかの人間にも出来ないことをしているウイッキーは実はエンジェルなのかもしれません。


2003年5月5日午前6時20分、ウイッキーは天寿とこの世での使命を全うして眠ったまま天国へ旅立ちました。14歳8ヶ月の生涯でした。一年ほど前から寝ている時間が長くなり、私が出かける時は必ず一緒に行きたがって先に車のところで待っていたくらいなのに、時々寝そべったまま見送るようになり加齢を感じさせてはいましたが、食欲は旺盛で特に病気もしませんでした。

それが4月に入ってから急に元気がなくなって一日中ほとんど寝てばかりいるようになりお医者さんに診て頂いたところ、心臓の弁の不調のために腎臓の機能がかなり低下していて尿毒症になっているとのこと。3日間入院して点滴を受けた後は一時的に食欲が戻りましたが、4月末からは何も食べなくなってしまいました。何でも食べるいやしんぼで、特にリンゴが大好きだったのに見向きもしません。それでもお水だけは時々ヨロヨロと立ち上がって飲みに行っていました。一日に3〜4回吐き気が来て、その時だけはとても苦しそうでした。背中を撫でてやると、すっかりやせてしまったので骨が触り痛々しくて涙が出ました。

 

死ぬ2日前の早朝、それが外へ出て行った最後の日でしたが、裏の通りの真ん中に端座して昇って来る朝日を目を細めながらじーっと見つめていました。こんな早い時間に一緒に外へ出たことはなかったので初めて見る姿だったのですが、もしかすると以前にも何度かこうしていたのかも知れません。オレンジ色の太陽の光線の中に静かに座っているウイッキーの姿はまるで悟りを得た高僧のように厳かでした。

人間なら人工透析で延命出来たのでしょうが、高齢で腎臓が悪くなるのは仕方のないことで老衰と同じです、とお医者さんから言われました。いつかこの日が来るとは思っていましたが、家の中にぽっかりと大きな穴があいたようで当分この寂寥感は消えないでしょう。沢山の方達からウイッキーの死を悼むメールや電話や手紙を頂きました。こんなに人から愛された犬もいないのではないでしょうか。最後の7年間は広い庭で放し飼いだったので好きな所で日向ぼっこをしたり、思い切り走り回ったり、幸せだったと思います。

沢山のエンジェル達に囲まれながら天に昇って行くウイッキーの姿が見えるようです。ウイッキー、14年間ほんとうにありがとう。一緒に暮らせて幸せだったよ。

14年を共に暮らせし愛犬を抱きて眠る死期近ければ

思い切り名を呼んでみる愛犬の逝きて今日はまだ七日  2003年5月12日