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Date:1月 31, 2015

(48)ブリンカホフ夫妻、そしてカウアイ島との出会い

ジーン&キミエ夫妻

カウアイクルーズ

ポリハレビーチ
さて(43)に戻りますが、1995年の夏北軽井沢の別荘地の中に土地を買い、秋には地鎮祭、設計も決まりすぐに基礎を作り始め、年を越してから棟上げがあって家の建築が本格的に始まりました。途中壁紙の色やタイルの色など細々とした打ち合わせのため大体2週間に一度くらいの割合で私は横浜から現地へ通いました。当時はまだ長野新幹線はないころですからいつも上野駅から信越線の軽井沢駅まで準急で行き、駅までは工務店の若い人が車で迎えに来てくれました。

そして1996年の4月初め、最後の打ち合わせのため乗ったいつもの準急に座り発車を待っていた時、通路を隔てたシートに座っていた年配の女性がテレホンカードを私に見せて、その使い方を尋ねて来ました。まだ携帯電話などなかった頃ですから外で使うのは公衆電話。当時盛んに使われていたテレカの使い方がわからないのはどうして?と不審に思いながら教えて上げると、その女性は「電話をかけて来るのでこの荷物を見ていてください」と真剣な顔で頼んで公衆電話のある車両で行ってしまいました。それでわかったのです。きっと外国から来た人に違いない、と。バッグは手に持っているのですから、ガラガラの車内でボストンバッグをあんなに真剣に頼んで席を外す日本人はいないはずです。そこで戻って来た彼女に「外国からですか?」と聞くと、「ええ、アメリカから17年ぶりの里帰りなんです」とのことでした。

それから軽井沢までの2時間、席を隣りに移って来たキミエさんというその女性とずっとおしゃべりのし通しでした。アメリカ人のご主人と45年もアメリカに住んでいること。それは2度目の結婚で息子が一人いるけれど、最初のやはりアメリカ人の夫との間にも二人いて、最初はカリフォルニアだったけど今はシアトルの近くの海のそばに住んでいること。挙句の果てに「とても景色のいい素晴らしい所だからぜひいらしゃい」とまでいうのです。初対面の私にいかにもフレンドリーなアメリカ人的日本人です。「カナダに近いから涼しいので夏に来るといいわよ」と言うので「ありがとうございます。でも私は今軽井沢に家を建てていて、お店も始めるので夏は出かけられないのです」と言うと、「それじゃ、私たち毎年11月にカウアイ島のコンドミニアムへ3週間行くのでそこへいらっしゃいよ」

ええーつ?あのハワイのカウアイ島?! オアフ島のホノルルには行ったことがあるけれど、いちばん美しい島と言われているカウアイ島はずーっと行きたいと思っていた所。「ほんとにいいんですか?」と言うと、「もちろんよ。いつも主人と二人きりだから、あなたが来てくれれば賑やかになるし、空港までお迎えに行くわよ」。なんというラッキーなことでしょう。さっそく住所を交換して秋には本当にカウアイ島まで行ってしまいました。

偶然列車で出会っただけなのに、キミエさんとサンタクロースのような白いおひげでふとっちょのジーンというご主人はカウアイ島のリフェ空港まで車で迎えに来てくれました。そして毎日ショッピングやフラのショーやドライブに連れて行ってくれたのです。Lawai Beach Resortというそのコンドミニアムは目の前が広々とした太平洋。手入れの行き届いた美しい芝生にプール、椰子の木、ブーゲンビリア、大好きな香りのプルメリアの下には岩風呂のようなジャクジー、ハイビスカスの生垣と夢のような景色。夕暮れになるとビーチに人々が三々五々と集まって来て腰を下ろし、みな無言のまま水平線に沈んで行く夕陽を眺めます。このコンドミニアムは4階建ての3棟から成っていて、最後に建てたばかりの真ん中の建物の部屋の権利が丁度売り出されていました。

あまりの素晴らしい景色に毎年ここに来たい、と思った私でしたがいつもキミエさん夫妻の所に居候をするわけにも行きません。それで彼女の所へ遊びに来た営業マンのブライアンの話を聞くうちにまたもや衝動買いをしてしまったのです。家を建てたばかりで余分なお金は全くないのに、とりあえずは半分でいい、残りは1年間の分割で手数料なしというので契約してしまいました。というのは、北軽の家がやはり会員制の建物が建ち並ぶ区域にあって、そこの会員権が数百万円だったと聞いているのに、その倍くらいの広さがあってこの素晴らしいオーシャンビューがその3分の一もしないと聞いてびっくりしたからです。しかも管理費さえ払えば毎年1週間は一生使えるというのが魅力でした。

今では日本でもタイムシェアという方式を聞きますが、当時日本で知っている人はほとんどいませんでした。それからの1年確かに経済的にはとても大変でした。お店ではせっせと働き、毎月借金を返しながら分割金と車のローンを払うという綱渡りのような生活でしたが、それからの18年間、毎年11月になるとキミエさん夫妻と合流してはカウアイ島でのバカンスを楽しみました。いつも誰かしら一緒に来る友達がいて、みんなが喜び楽しんでくれました。レンタカーの運転はもっぱら私で、制限速度50マイル(80キロ)の国道を8人乗りの大きなバンで飛ばしたこともありました。ヘリコプター、シュノーケリング、カヤック、ロミロミマッサージ、フラのショー、ルアウ(ホテルでのディナショー)イルカやクジラと出会うクルージングと楽しみはいくらでもあります。最初ハワイなんてとバカにして来なかった次女も一度一緒に来たらすっかりはまって、それからは毎年一緒に来るようになり、運転もしてくれるので楽になりました。

キミエさんに教えてもらった「シカゴラミー」というトランプゲームは、その後ピースボートに乗った時私が流行らせて、今ではそれを覚えた人たちが次々とクルーズで流行らせているようです。キミエさんの自宅へも2週間ほど泊まりに行ったことがあり、一緒にラスベガスまで飛行機で遊びに行ったのも良い思い出です。その時シアトルの彼女のアメリカ人のお友達の家に一緒に泊めてもらい、そこの息子さんが私の家に泊まりに来たこともありました。毎年5月から10月まで畑とお店で休む間もなく働いて11月はハワイで楽しむという生活が17年続き、18年目は初めて長女一家とクリスマスをカウアイ島で過ごしました。いつか孫と一緒に行きたいというのが夢でしたから、それも果たせた今はもう行かなくてもいいかな、という気分になっています。丁度権利を譲り受けてもいいという方もいるので、そうしようかなとも思っています。

キミエさんのご主人も2年前に亡くなり、彼女ももう80代後半のはずです。時は容赦なく過ぎて行き、人は老いて行きます。でもあのカウアイ島の美しいサンセットとバラ色の夕焼け、ナパリの勇壮な断崖絶壁、ワイルア川のゆったりとした流れ、のんびりとしたポイプビーチ、荒海で人っ子一人いないポリハレビーチ、人跡未踏のワイメアキャニオンはこれからも永遠に変わらないでしょう。